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36歳のシングル&ワーキングマザーLeafと、 13歳の女の子・Bellの日常日記。 「メリハリのある生活」をテーマに日々節約に励み、 遣う所を見極めて遣う!! オンとオフの切り替えを大事に日々を過ごしています^^
我が家は決して裕福な家柄でも、名誉ある家柄でもありません。
うちの子はどんなに思い望んだとしても、きっとお嬢様にはなれないと思います。
ごめんね。

けれど、品のある子にはなって欲しいなぁと思うのは私の大きな願いです。

ずっと自分が何を目指して教育をしているのかがよくわからず、
他人に自分の育児を語る時もどう表現すべきか困っていました。
Bellを取り巻く友達関係の中で、各家庭の育て方に「好ましい」「ちょっとやだ」と思う感情はあったとしてもそれを表現する術を持たなかったのです。
「…なんかやだ」
じゃ説得力ないですよね。

でもそんな折「名前をなくした女神」を観ていて、
あやかちゃんママが、
「品がない」
と表現したのを、
「これだ!!!! 」
と思いました。


私は娘に品のある子になって欲しいのです。

気取って欲しいと言うわけではないのですが、
私は子供が乱暴な言葉遣いなことを好ましく思いません。
女の子だから…と言うより人として。
言葉がまだ未発達な段階で、よく知りもせずに使うと言うことが嫌なのです。
「お前」や「○○しろよー」という言い方は、
相手に粗雑な印象を与えると知ってから使って欲しいのです。

感情が収まらなくて言葉が汚くなってしまうことだってあるでしょう。
それはある程度仕方ないことです。
『それだけ感情が波打っている』という表現でもあるのです。
私は世の中の「暴言」はそんな感情表現の手段の1つだと思います。
ですが、常日頃使う言葉ではありません。


あと変なこだわりですが、
私は個人を呼ぶことに意味を見出だしている人間です。
呼び掛ける、という行為はどんな事情であれ自分が特定の相手を認識している、求めているということなので、名前は一番特定されるものだと思うんです。
だからどんなに親しくてもRINに呼び捨ては推奨しないし、
「○○ちゃんママ」と呼ばせずに「△△さん」と呼ばせます。

勿論強制はしてないので、本人が友達を呼び捨てにしても○○ちゃんママと呼んでも注意はしません。
特に女の子同士の場合、呼び捨てし合うことで親密度を表したりすることもあるでしょうし、そういう過程は経ていくものだと思っています。
まぁ、目上の人を呼び捨てにしたら注意するけど。


と、そんなどうでも良いこだわりが一つ一つあるのはどうしてなんだろう…と思ってたんですよね今まで。

自分の基準を持って相手と接して欲しいんだなってことに気づきました。
引っくるめて「品」。
自分を蔑むこともなく、どんな相手からも認められるべく性格。
貴賎を問わず接する、また接して貰える人格。
品のある人は他者に軽んじられません。



でも「品」については、生育環境が大いに関係してくるのだと私は思っています。

例えば「他人の言葉に耳を傾ける」。
これは、自分の言葉を聴いて貰えた人間にしか自然に出来ない動作です。
自分を主張しないと自分の意見を聞いて貰えない家庭環境で育ってくれば、
「自分は」「私は」「聞いて! 」
と聞いて貰うことばかりが優先し、
誰かの言葉に耳を傾けるという行為がじれったくなってしまう。
「そんなことより私の話を聞いて! 」
と常に思っている人間は、
TPOをわきまえずに大声で喋るし、
場にそぐわない言葉も平気で使うようになる。

でもだからと言って、どんなに小さな声でもゆっくりでも聞き取って貰える環境で育ってしまうと、
「誰かに話を聞いて貰わなくては! 」
という欲求が小さくなる。
そうなると相手に聞きやすい大きさで喋ること、
わかりやすく説明すること、
そういうことを学ばずに大きくなってしまう。
そんな状態で社会に出ると、
今度は「甘やかされて育ってきたでしょ」的な評価を下されることになる。
喋らなくても意思を汲んで貰えると誤解してしまう。



そのバランスが取れる人間を養うことこそ、私の求めている教育像なのかなって思った。

勿論「会話」以外にも全てに通じる物事で、
お節介ではなく他者を気にかけることの出来る視線と、
他力本願になり過ぎない自己主張が出来る子。

そういう子になって欲しいと思い、教育をしているんだな、きっと私。

子供時代に「満ち足りる」ということは、とても大切。
気に掛けてもらえる、見ていて貰える。
それはとても大事な幼少期の記憶になる。
でもだからと言ってそれだけの世界で育ててしまうと、
今度は「欲求」がなくなてってしまう。
そういう意味でバランスがとても大事なんだと思っている。




私は子供ギライなのだけど、Bellが生まれてから随分と見方が変わった。
子供の中にも「カワイイな」と思える子が増えたし、
思える基準も広く大きくなったような気がする。


でもBellの友達の中にも、
「ちょっとイヤな友達」「出来れば付き合って欲しくない友達」
は居る。
勿論本人には絶対に口にしない。

でも、ウチに遊びに来た時。
Bellが私の言いつけ通りに
「ピアノの音は大きくしちゃダメなんだ」
と相手に伝えているのに全く気にせず大きくしたり、
「コレをやっちゃいけないよ」
と言っていることを、私が見ていない所でコッソリとやっていたり。


片付けをやらずに帰る、または片付けの時間に自分だけ我関せずで遊んでいる。
これなんかは典型的で、
日頃の片付けをきちんとしている家庭かどうか、
出したもの、借りたものに責任を持って返却する意思があるか。
遊んだことへの感謝があるか、もしくは時間潰しに利用しに来ただけなのか、そんな態度かどうかがわかってしまう。


私は他人の子供は叱らない主義であるのだけれど、
(子育ては人それぞれなので、命に危険がない限りは口出ししない)
私が怒らないことを知っているとダメだと言われてもわざとやったりするので、
そういう時は他人の子でも叱るようにしている。
そうしないと止まらない。
言ってしまえば、大人のいうことを守らない子は私はキライだ。
Bellとその友達の二人が一緒になって言うことを聞かないという状況なら私も理解は示すが、
Bellは明らかに物事に忠実なのに反して他者がそうじゃないとか。


自分の親が居る前と居ない前で明らかに態度が違ったり。


挨拶が出来なかったり。
もしくはする意思がなかったり。


するべき事柄をやるべき時間に理由なくやらずにいたり。


「お前ふざけんなよ。ぶっとばすぞ」
などと聞きがたい言葉を叫びあってきゃっきゃふざけていたり。


細かい話では、幼稚園が「ダメ」と定めているものを園に持ってきていたり。
もしくは持ってこさせることを親が特に何とも思っていなかったり。


一つ一つは些細なことなのだけれど、
そういう子の言動、行動は結構な割合で私を不快にさせる。
仮にも来年小学生になると言うのなら、大人と対等に会話が出来る、もしくはしようとする態度の片鱗を見せ始めるべき年齢なのだと思う。
躾は幼稚園に上がる前に終わっているはずだし、
ここら辺で「子育て」から「教育」にシフトチェンジしていくのだから。




一人で友達の家に遊びに行く機会も増えて、
そんな風に親の絶対的な庇護、監視の目から逃れつつある今、
Bellはそういう子であって欲しくないなぁと思う。

私は結構必死に子育てをしていると自分では思っているのですが、
それでも専業主婦で両親揃っていてすくすくと育っているご家庭にはとても及ばない位、粗雑な育て方をしているなぁと思っているのです。
世の中には「これでもか! 」って位満ち足りた子供が多いなぁというのが私の印象。
一方で、「おいおい」と思う子育てが多いのもまた私のリアルな印象です。
それは親の年齢ということより、
経済的事情とか、親の子供への関心の程度とかが関係しているような気がします。

とりあえず、もうすぐ小学生になる我が子。
親抜きでお友達の家に遊びに行ったり、誰かのママと接することが多くなってくると思う。
子供らしい率直な失礼や迷惑はまだアリだとしても、
きちんと箍の留まった子に育てていかなくちゃな、
と思ったのでした。

残り10ヶ月の幼稚園生活。
親の手を離れた世界を作り上げるのは、もうすぐそこなんだね。



何か思ったままをつらつらと書いたら、
文章もめちゃめちゃな上にかなり失礼なことも混じってしまった気がする。
すみません。
一個人の勝手な想いだと思って頂ければ幸いです。

そして、エラソーにぼやいたけど、うちの子も大したことはありません笑。
 

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